八十八夜

二十四節気では「穀雨」の頃──、
春の雨が降り注ぎ、野山は新緑に彩られていきます。

穀雨とは、穀物に実りをもたらす恵みの雨のこと。
煙るように降るこの時季の雨は「百穀春雨」とも呼ばれ、
田畑を潤し、植物の成長を促します。

五月一日は、茶摘みの最盛期となる「八十八夜」。
立春から数えて八十八日目にあたり、
農事の節目として大切にされてきました。

八十八夜は、節分や彼岸などと並び、
季節の変わり目を表す暦日“雑節(ざっせつ)”のひとつ。
末広がりの「八」が二つ重なることや、
「八十八」の字を組み合わせると「米」の字になることから、
種蒔きや田植えを始めるのに縁起がよい日とされ、
「農の吉日」とも呼ばれています。

絣(かすり)の着物に茜襷(あかねだすき)を掛け、
茶の新芽をやわらかに摘み取る女性たちの姿──。
“夏も近づく八十八夜”で始まる唱歌「茶摘み」で歌われているその情景は、
今も変わらず日本の風物詩として親しまれています。
冬の間にじっくりと養分を蓄えた茶の木は、
春の陽射しをたっぷりと浴びて芽吹きを迎えます。
その年の最初に萌え出た新芽でつくる新茶は、
旨味や甘みが強く、青々としたさわやかな香りが特徴。
特に八十八夜に摘み取った茶葉は、古くより不老長寿の妙薬として珍重され、
これを飲めば一年を災いなく過ごせると言われています。

春から夏へと移ろう時季ですが、
山間部では急に気温が低下し、夜間に霜が降りることも。
この季節はずれの遅霜には、「別れ霜」「忘れ霜」「霜の果(はて)」など
情感豊かな呼び名がつけられていますが、
いずれも農家に霜害への注意を促すために生まれた言葉です。
古の人びとにとって、季節の移ろいを細やかに感じ取ることは、
暮らしを守るための大切な知恵でもありました。

茶畑が瑞々しい緑に覆われる五月。
八十八夜の新茶で心身ともに丁寧に整え、
来たる初夏を清々しく迎えられますよう。