茶の湯の作法
 店内の階段を上がると2階はバーになっている。静かな落ち着いた感じの空間は茶室を思わせる。低めで広々としたテーブルが2つ、そのまわりにゆったりと座り心地の良さそうな椅子が置いてある。テーブルにはお茶のお点前用の茶釜がしつらえてある。ここでお酒を飲みながら、和菓子をつまむ。僕らは、深く座れる低い椅子に腰かけた。
 ひとすじの湯気を立てている茶釜を前に、お点前さん(ヒガシヤではバーテンダーをこう呼んでいる)が座っている。小野クンがマルコのために梅干しの入った"ショーチューのお湯割り"をたのんだ。
 マルコは、ひと口飲むと、すっぱそうに口をすぼめ、顔をしかめた。「やっぱりダメかぁ、身体にいいのに。ゴメンネ、じゃあ、シンプルなごま焼酎はどうかなぁ」と小野クンは彼のために注文し直した。
 お点前さんは、棚から酒のボトルを選ぶとテーブルの上にのせた。あらかじめ柳包丁で6センチほどに削られた四角い氷のかたまりを大きなグラスに入れると、酒をそそぎマドラーで回す。それも1回転円を描くように。グラスを片手で持ち、一方の手をそえてマルコの前に置いた。マルコは口にするとこんどは笑みを浮かべている。一連の動作は、茶の湯の作法のようにスムーズに行われた。棚に並ぶ香味酒が入った焼き物のボトルもモノトーンで統一され、騒がしい色や装飾は一切ない。

ただ桜並木に面して大きな窓があるだけだ。この窓から1年を通じて木々の呼吸が伝わる。春になると、窓は桜の花でいっぱいになる。気も狂わんばかりに咲き誇る桜は、ヒガシヤの名脇役だ。

焼酎は日本文化の滴
白木の箱に和菓子が出された。箱の中には4種類のお萩と桜餅が並んでいた。プーンと桜の葉の香りがする。
僕は桜餅を選ぶと、米焼酎を飲んでみた。甘い物が苦手なのに、不思議と合うのだ。お点前さんの桜井真也さんが、「季節に合わせた色々な焼酎を用意しています」と説明してくれた。春の芽生え時にはフキノトウをはじめ、種、葉、花を米焼酎漬けにしてその香りを楽しむ。「焼酎は日本文化の滴」だと、緒方さんは云う。
 小野クンがオレンジ、ドラは水仙、マルコと僕はフキノトウを注文した。そしてそれぞれのドリンクに合わせて一口菓子を注文する。ナツメと発酵バターの一口菓子にドラは、「ウーン、センセーション」と目を細める。アッという間に3個食べてしまう。
ドラは夜にも強く、いくら飲んでも、いくら食べてもへいちゃらな顔をしている。ドラはインテリで会話も楽しく、鳶色の美しい瞳には吸い込まれそうだ。僕はフキノトウの焼酎を口に含むと、春の香りがして幸せな気分になった。
 せっかく隣に美女がいるのに、眠くなって「ウーララ」と美しい彼女の声が時々遠くに聞こえて来た。僕は一人外へ出ると、建物を見上げた。良く見ると絡まる蔦の下に、剥げたペンキで"サンランドリー"と読める。緒方さんは完璧主義者だからこそ、ここに剥げた看板を残した。若い彼の人並み外れた感性を見たような気がした。