※このページはENGINE誌2004年5月号に掲載されたものを再構成したものです。

バー・ヒガシヤ
「キクチさん、センスの良いバーがあるんですが行きませんか」。僕の大学時代の後輩であるタキ・オノこと小野クンから誘われた。小野クンはアート・ディレクター。日本の大学を出た後、ロスのアート・センターを卒業し、現在東京で活躍している。
 待ち合わせ場所に、小野クンの友達のマルコが、ローマから持ってきた濃いグリーンのチンクエチェントでやって来た。マルコ・ロンバルジはイタリア大使館に勤める一等書記官で、マナーも良く、ナイスガイだ。そしてもうひとり。小野クンが隣の真紅のコートを着た美しい女性、ジャーナリストのドラ・トーザンを紹介してくれた。ドラはフランス語のアクセントが少しある上手な日本語を話した。僕はホッとした。僕の英語はマルコの日本語よりちょっとましな程度。皆で英語を話しながらゲラゲラ笑っていると僕も急いで笑うのだが、その後突っ込まれると続かない。僕はなるべく綺麗で優しいドラの近くにいることにした。4人がそろったところで、僕らは小野クンの案内でバーへ向かった。↓

それをヒガシヤのオーナー、緒方慎一郎さんが見つけ、ここに去年4月、前からやりたかった和菓子の店をオープンした。1階は和菓子屋さんで、2階には大きな窓のあるバーを作った。店のデザインは、箸一本に至るまですべて緒方さんがした。
まるでアートギャラリー
 ちょっと見ただけではわからない入り口が右脇にあった。蔦の絡まった建物の1階には、巾30センチ、長さ1メートルほどの縦長の窓が1つあるだけだ。この細長い窓は、人を覗いてみたい衝動に駆らせる。一足先に丸子が中を覗いていた。入り口には、白に黒で店のロゴを染め入れた暖簾がかけられている。ふと京都を思わせる。入ってみると、そこには完璧にデザインされた空間があった。床には屋根瓦のようににぶくねずみ色に光っている。そして、1枚の鉄板が折り紙のように折り曲げられ、階段となって2階へと続いている。マルコは、この東洋的空間に興味を持ったらしく、珍しそうに眺めている。デザインに興味がある僕は、思わず目を見張った。正面には、和菓子を入れる巾5センチ長さ30センチくらいの白い化粧箱が積木のように、壁にぴっちりと積み上げられている。それが、美しい壁面を作っている。すばらしいアイディアに感心してしまった。ここはまるでアートギャラリーだ。和菓子はまるで作品か、宝石店の宝石のようにディスプレイされている。カウンターのケースの中にはゴマ、きな粉、あんこの3種類のおはぎと、桜の葉で包まれた桜餅と大福が、いずれも形良くディスプレイされている。一口菓子は緒方さんがクリエイトした、世界でここだけの和菓子だ。12種類ある直径3センチの一口菓子は高級チョコレートの感覚。薄香、路孝茶、紫根とそれらの名前も幻想的で、外側の餡と中に入っている桃のコンポートや生姜と蜂蜜の組み合わせは、いずれも今までに味わったことのないおいしさである。これらの一口菓子と焼酎や香味酒を合わせて楽しむことを緒方さんは考えだした。
 洗練された日本文化の中心地、京都や茶の湯からヒントを得、いまの感覚でクリエイトする。「これからはこんなことを世界に向けて日本発でやりたい。その手はじめが和菓子と焼酎なんです。どちらもなかなか深くておもしろい」と緒方さん。
 和菓子はすべて店で朝6時から作っている。味や型は緒方さん自身が見る。最も大衆的なおはぎ、大福、桜餅だが、ここのは小ぶりで上品。甘すぎず、口あたりの良さに、一度に2、3個は食べられる。お茶にも酒にも合うように出来ている。

 目黒区青葉台を流れる目黒川の両側にはびっしりと桜の木が植えられている。その桜並木に面して"HIGASHIYA"、バー・ヒガシヤがある。蔦の絡まる、なんとなく気になる2階建ての一軒家だ。かつて洗濯屋さんだったという建物は、長い間放っておかれ、廃虚のようだった。